サンドウィッチマンの仲良しエピソード詳細!コンビ愛が凄すぎる…!

サンドウィッチマン 仲良しエピソードに感動した芸人

1998年に仙台から状況したという、サンドウィッチマンのお二人ですが、2007年にM-1グランプリを制するまで、長く苦しい極貧時代を過ごしていたそうです。

そこには、涙組ましいお二人のエピソードがあったわけですが、二人は大の仲良しですよね。

今回は、そんなサンドイッチマンの感動&仲良しエピソードをお届けいたいします。

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サンドウィッチマンの結成は富澤がキーマンだった?

もともと、二人の出会いは学生時代で、ラグビー部の仲間だったところまで遡ります。

そして、二人がコンビを組んだきっかけは、富澤さんが当時サラリーマンだった伊達さんを口説き落としたことから始まるようです。

伊達さんの方が勢いがありますから、伊達さんが口説いたのかと思いましたが逆なのですね。

それから今年で20年以上が経ち業界内でも「コンビ芸人の象徴」と言えるほどまでに大きく成長!そして、芸人としても圧倒的な地位まで上り詰めています。

兎に角に、二人の関係性には、「大切な人を大切にする」という最高の基本が詰まっているように感じます。

サンドウィッチマンの仲良しエピソード

出典 https://news.yahoo.co.jp/articles/237a85a6cbae867a404cd5dc71eb2af59534a125/images/001

サンドウィッチマン下積み時代の生活とは…

1998年に仙台から2人で上京し、アパートで共同生活をしながら活動をスタートさせたようです。

中々芸人として売れずに大変だったようですね。そして、2005年の大チャンスがきます。それがデビューから7年目で掴んだ『エンタの神様』出演です。

エンタの神様 サンドウィッチマン

しかし、そこから売れっ子になることは叶わず、続けていたバイトは辞められなかったみたいです…そして、当時を以下のように振り返っていらっしゃいます。

ずっとくすぶって、地下で漫才やって
引用元:URLhttps://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/10/08/kiji/20211008s00041000369000c.html

今でこそ、テレビで見ない日がないほどに世間に認知されています。圧倒的な人気がある方でも極貧時代があったのですね。

加えて、日払い登録制の日雇い労働が主な収入源であったらしく、毎日現場が違い、様々な仕事を経験したようです。特に私が驚いたのは、「人の家の留守番」ですね。

「自宅にお化けが出るから、誰かにいてもらいたい」という依頼を受け対応したことや、「買い物に行くので家にいてもらえませんか?」などの変わった依頼をこなしていたそうですよ。

これは、有名な話かもしれませんが、草野球の試合の代打という依頼もあったとか。w
様々なアルバイトをこなしていたものの、借金も作ってしまったようです。

芸人さんの給料というのは、歩合制で上下幅が凄いと聞きます。芸人さんの下積み時代の話をテレビで拝見することがよくありますが、みなさん非常に苦労されていますよね。

日本という国、そしてメディアの中での芸人さんの立ち位置は、非常に重要なものです。お茶の間にお笑いを届けていただけることで、家族に笑顔が生まれますから。

そんな時を過ごしていく中で、とうとうあの出来事が起きて生活が一変します。

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サンドウィッチマン 7つの約束エピソードが感動的で泣ける…

まず、あの出来事というのは2007年のM1優勝のことで、敗者復活からの大逆転劇を見せましたよね。あの日までは、「サンドウィッチマン」という名を知る人も少なく、焦燥の中にいたようにおもいます。

ここまで、くるのに相当な時間を要しています。心が折れずに続けてこれたのは、2人の深い絆があってのことでしょう。

しかし、一度だけ解散の危機があったようです。それに関係するののが、この7つの約束というわけです。

中々芸人として目が出ない日が続くある日、富澤は伊達に叶えたい夢を聞きいたようです。

この夢が7つの約束であるわけで、その内容は「極道映画に出演をさせる」「オールナイトニッポンをやらせる」などだったとか。

そして、芸人として売れていつかその夢を叶えると約束したのです。

しかし、ゴールの見えないトンネルを走り続け、道筋が見えないまま7年が経ちます。

そんなとき、富澤さんは「伊達の人生を狂わせてしまったのではないか」と考え込んでいたようです。かなりの重圧に苦しんだのではないでしょうか…

自分から芸人の世界に引っ張ってきているわけですからね。

そして、考えに考え、「解散しようか」と話を持ちかけたそうです。その時の伊達さんは「俺たち本気出してなくないから」と返したそうですよ。

きっと富澤さんを嬉しかったんじゃないでしょうか。この時きっと二人の絆はさらに深くなったのではないでしょうか。

それからの二人は、バイトを減らして借金をしてまで年間180本のライブに出演したそうです。この1年に賭ける!そんな気持ちでやったのではないでしょうか!

そして、漫才の腕を磨き続け、『M-1グランプリ2007』で優勝をつかんだ!と言うサクセスストーリー!

その後も、富澤さんは“7つの約束”を忘れずに、2013年にすべての夢を実現したそうです。

伊達さんはブログで「富澤がちゃんと叶えてくれました。ありがとう! すげーなぁアイツ」と思いを記していました。

ここには書ききれないことがまだまだあります。それぐらいお二人の歩んできた道には、深いものがあると感じています。

男と男の絆がとても感動的です。世間も同様に↓

夢を追いかけ、それを実現するというのは、生半可な覚悟では達成できないということを学ばせてもらえる最高の教材のように思います。

先は不透明でも、やり切った先にはきっと何かがある!未来はわかりませんが、全力で走り続けることが大切なんですね。

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サンドウィッチマンが「ピン」では仕事を断る理由は仲良しすぎるから?

富澤さんは、伊達さん以外に自分のボケを気付いてもらえるかどうかが不安になるようです。

ですから、滑ってしまう時のことも考えて、これは言わないでおこうとなってしまうんだとか。

芸人にとって、トークで消極的になってしまうことは食いぶちにかかわりますから重要ですよね。

周囲に木を配るあたりは、さすが“好感度No.1”の仲良しコンビというところでしょうね。こういう心配りをするところが好まれる要因と思います。

たしかに富澤さんが、バラエティ番組への出演が激増した際にも、積極的にトークに切り込むところはあまり見たことがないように思います。

その背景には、富澤さんによる「伊達じゃなきゃダメ」だという絶対的な信頼があったためではないかと。

サンドウィッチマンに同じく、コンビ仲が良いというと「タカアンドトシ」や「ブラックマヨネーズ」らもあまりピンでの活動を行なっていませんよね。

2人で一つの作品である!という意識が非常に強いように思います。

富澤さんが、シャイであるということは有名な話ですから、やはり気を許した方にしか心を開けないということもあるのでしょうか。

お互いがお互いの替えがきかないと感じ、またそう思っているのではないかと。そして、どちらかが欠けても自分達の思うような仕事にならないとも。

富澤さんのボケには伊達さんのツッコミがしっくり来る!という好意的な反応があるのも事実です!

羨ましい仲良しエピソードですね。私も解説していて、男の友情にグッときましたよ…

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